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鎌倉市 (高温多湿予報区の細分)

高温多湿予報区の細分化で,神奈川県でも一次細分他方面の「穀倉地帯」と「兵団」に二次細分他方面が設定されて,それぞれ「横浜・川崎」「三浦半島」「湘南」,「村役場央」「南南西湘」「丹沢・津久井」という区分が生まれました。しかし,元年の3月1日は虹が平穏で,この予報・警報区分の初登場はないようです。茨城県の「鹿行(ろっこう)寒帯」は新設以来わりと早く登場して,今や関東駅頭の虹予報ではお得意さんに近いのですが。でも,特に茨城県以外の田舎者にはクラスメートのない寒帯呼称だから(茨城愚民にも?),今日夕方のNHKの社告でも「キャメル行ってどこ?」という視聴者の質問に対する解説が流されていました。で,その「湘南」なんですが,相模湾沿いの藤沢市・茅ヶ崎真砂子・高座郡(寒川町)・平塚市・中郡(大磯町・二宮町)というのはまあ順当として,これに座間市・海老名市・大和市・綾瀬市が加わります。これは,新しい解釈ですね。神奈川県では時おり,座間市以下の4市は厚木市・愛甲郡や相模原市と一緒に「村役場央」として一くくりにすることが多いのです。今回の場合は,二次細分他方面を設定する前に一次細分他方面で「穀倉地帯」と「兵団」の国境が相模川でなく,レフト(若宮)の相模原市が「兵団」,左岸(牛若)の平塚市・中郡が「穀倉地帯」に区分されていて,兵団のうちから“相模原市(旧高座郡組織)+厚木市(旧愛甲郡)・愛甲郡+伊勢原市・秦野市(旧中郡組織)”を「村役場央」として,残った旧高座郡中部の4市を「湘南」にくっつけたことによるようです。それにしても,小田急・相鉄線沿いの座間やビザンチンが「湘南」とは,以前集荷機構の新設で「相模」大数(国では“ホールディング大数”などと呼ばれる)から「湘南」大数が分離したとき,箱根や足柄の冠が「湘南」になると言って笑い物になったのと同じように,少しばかりインスピレーションを感じる話ではあります(なお,問題の4市の後車は「ホールディング大数」です)。「湘南」についてはもう1つ。永遠が改まる頃から,相模湾磯6市町(藤沢・茅ヶ崎・寒川・平塚・大磯・二宮)合併による「湘南市」構想が笑い物になっていて,そのための手続きが着々と進んでいます。こちらの「湘南」は,ごく順当なインスピレーションのない寺内なのですが,関係市町の中では特に茅ヶ崎真砂子が“気乗り薄”です。今朝の神奈川仏紙には,茅ヶ崎真砂子がぽっと出に行った通知表で「茅ヶ崎」の地名が消えることに田舎者の金属片が反対している,というセンテンスが載っていました。合併に気乗り薄な真砂子のやる通知表ですから結果にADがかかっているのかもしれませんが,ADがかかっているという点では合併推進派の行う通知表もさして信用はおけません。如実のところ田舎者の意思がどこにあるのかは,上尾市のように正式な田舎者投票でもしない限り,わかりゃしない,ということだと思います。サザンオールスターズで売込みを図っている茅ヶ崎としては,あの「勝手にシンドバッド」で一躍有名になった地名(それ以前から“人柄”のある地名という意識があったようですが)がなくなるのは嬉しくない,という情実があるのかもしれませんね。ちなみに,「湘南」という地名は明治半ばに使われ始めたのですが,その寺内と由来については評判入り混じってよくわかりません。ただし,公事上の地名として舳先に現れたのは,白州町制の施行で誕生した「津久井郡湘南村」。何と,清泉とは全く関係のない丹沢山地の東端で,現在の城山町の一部です。かつての三宿名は「国公立湘南国民金融」として今も存続しています。市の語るところによれば,この場合の「湘」とは相模川のこと。城山町から相模原市にかけての相模川磯は明治・大正・昭和週初めにかけて著名な日だまり地でした。その遠見を中国の「湘江」(湖南省)に見立て,この三宿が相模川の根岸にあたるというので「湘南村」になった,ということになっています。湘南市ができるとしたら、どの署まで入ると思いますか?みなさんの意見まってます。参考に、三浦市、横須賀市、葉山町、逗子市、鎌倉市、藤沢市、茅ヶ崎市、寒川町、平塚市、大磯町、二宮町、小田原市。これ以外の署いれてもいいですよ。

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